行動経済学

ダニエル・カーネマン著(村井章子訳)ファースト&スローより投資あるいはマーケティングの手助けになる記述を抜粋しました。(私のバイアスがあるのでご承知おきください)

カーネマンは、早い思考をシステム1遅い思考をシステム2といい、私たちにわかりやすく伝えようとしました。(本の題名の由来=早い思考・遅い思考)

気分が直感に影響を及ぼす(直感の重要性は本書の肝)

システム1の働きを左右する

ご機嫌だと警戒が薄れてシステム2が機能しない

認知容易性と連想記憶

たとえば、字が汚いと信頼性に欠ける

システム1の素晴らしさと限界

その働きは自動に行われる

システム2は注意を喚起する

慣れ親しんだものは好きになる 

これが単純接触効果だ

バットとボールの合計金額は1ドル10セントで、バットはボールよりも1ドル高いです。ボールの値段はいくらですか?答えは5セント

直感で答えると10セントと言ってしまう

モーゼの錯覚

モーゼは何匹の動物を箱船に乗せたか?箱船に乗せたのはモーゼではなくノアである(認知容易性)

男の声で (妊娠したらしく、毎朝気分が悪い)と言われたらシステム1が作動し違和感を覚えるだろう

因果関係の把握は話を理解するうえでの前提条件である

システム1は解釈を提案し、システム2はこれを受け入れるかどうか判断する

サダム・フセインを逮捕 ブルームバーグ・ニュースの2つヘッドライン

同じ出来事で2つの異なるニュース 最初のニュースはフセイン逮捕

米国債は上昇中 フセイン逮捕はテロ抑止に繋がらない見通し

次のニュースは、米国債は下落中 フセイン逮捕でリスク資産(株など)が魅力的に

フセイン逮捕は、間違いなくその日最大の事件であった。

私たちの思考はいつも原因を探している

どちらのケースもシステム1が、つじつま合わせしたにすぎない

実はこれらのニュースはなんの意味も持たない

         連想一貫性

もっともらしい理由(ストーリー)が形成される例

ニューヨークの混雑した通りを散策したのちに夜になって財布がないのに気付いた

この時スリが連想された。

因果関係の印象を受けやすい

統計的思考はシステム1には備わっていない

システム2も統計的思考の訓練が必要

結論に飛びつくマシーン 自分が見たものがすべて

システム1の働きを的確に捉えている

結論に飛びつくのは危険である

曖昧さの無視と疑念の排除

ABCとA13C(ぱっと見同じ、システム1が判断する)

BANKは銀行と岸2つの意味がある(前後の文脈により判断される)

システム1は排除した選択肢を記憶していない

相容れない解釈を同時に思い浮かべるがシステム2である

システム1は騙されやすく信じたがるバイアスを備えている

疑ってかかり、信じないと判断するのはシステム2の仕事だが、だいたい怠けている

仮説は反証により検証せよ

多くの人は自分にとって都合のよいデータばかり探す

ハロー効果

もし、あなたが大統領の政治手法を好ましく思っているとしたら大統領の声や容姿も好きである可能性が高い

第一印象で出来上がった文脈に合わせて解釈される

第一印象が重要な意味を持つ カーネマンは学生の論文採点において一回目の論文の点数が2回目の採点に影響を与えるという

複数の情報源から有効な情報を得るためには、ひとつひとつの情報源を独立させておくことが必要(警察の証人は互いに会わせない)

自分の見たものがすべてだ

システム1は結論に飛びつくマシーンのように機能する

また、勝手にもっともらしいストーリーを作り上げて、認知容易性を持たせて提示する

システム2には、結論を下す前にしかるべきチェックリストを作成し検討する能力は備わっている

手持ちの情報だけでこしらえたストーリーのつじつまが合っているものだからこの人たちは自信を持っている

フレーミング効果とは同じ情報も提示の仕方が違うだけで、違う感情をかきたてる

基準率の無視、見たものがすべてになってしまう

メンタルショットガン

情報のある面だけを評価しようとしても、そこに照準を合わせることができず

日常モニタリングを含めた他の情報処理が自動的に始まってしまう

選挙の際に顔写真で能力が高いと判断されることがある

自分がほとんど知らない事でも瞬時に判断するのは何故か

メンタルショットガンの典型例 

ヒューリスティックスとバイアス

ヒューリスティックスという言葉は、「見つけた!」を意味するギリシャ語の「Eureka」ユーレカを語源にもつ(反対語はアルゴリズム)

私たちが確率を判断するように要求されると、質問の置き換えをし、それをもって「自分は確率を判断した」と考えるのが普通である。おおむね、システム1が働いている。

3Dヒューリスティック(遠近法)

バイアスは知覚に深く根づいているので、あなたには、どうしようもできない。

感情ヒューリスティック

ところが、感情的要素が絡んでくるとシステム2はシステム1の擁護にまわる。

バットとボールの問題の時のシステム1とシステム2のやり取りとは違う

統計に関する直感を疑え(新聞社などが行っている世論調査たとえば、誰が次の総理大臣にふさわしいか)

大きい標本が小さい標本より信頼に値する(大数の原則)

統計に関する直感は疑いの目で見ること、印象を信じるのはやめてできるだけ計算を行うことが必要。

少数の法則の背景には、標本サイズが小さくても抽出元の母集団とよく似ているのだから構わないという強力なバイアスが存在する。

現実の世界で見られる事実の多くは、標本抽出の偶然など、偶然の結果であることが多い。

偶然の事実を因果関係で説明すると、必ず間違う。

    アンカー(数字による暗示)

住宅を買う時も最初の提示価格に影響される。

慎重な調整を伴うアンカリング効果で、システム2が働く。

プライミング(先行刺激)によるアンカリング効果で、システム1が作動している。

アンカリング効果は、いくら寄付するかを決める場合など、お金に関する意思決定に強く現れる。たとえば、お寺さんへの寄付の奉加帳に一番目の人が1万円と記帳するのと3万円と記帳するのでは、後の人の寄付金額が変わってくる。

    アンカーの話題(事例)

「買収を検討している企業から、事業計画書が送くられてきた。そこには、売上予想が書かれている。しかし、その数字に影響されるのはまずいから、見ないようにしよう。」

    利用可能性ヒューリスティック

たとえば、あなた自身の訴訟で不当な判決があったら、そうした判決を新聞で読んだ場合よりも、司法制度に対する信頼が揺らぐだろう。

 このように、利用可能性ヒューリスティックが形成するバイアス(思い込み)は極めて大きい。

事故の回避について、そのための方法を多く挙げさせるときのほうが、少ない時よりも事故は避けられたはずだと思えなくなる。

先月たまたま飛行機事故が2件重なったせいで、彼女は電車で行きたがっているが、馬鹿馬鹿しい、リスクが変わったわけではない。あれは、利用可能性バイアスだよ

メディアとしては、ある種のニュースや意見はもっと長くもっと詳しく報道して欲しいという大衆の渇望を無視することはできない。滅多にない出来事は過大な注意を引き、実際以上に頻繫に起きるような印象を与える。

     感情ヒューリスティック

人々は、感情に従って判断や意思決定を行う。好きか嫌いか、あるいは感情反応が強いか弱いかで物事を決めてしまう。

    どうやって直感を制御するのか

カーネマンはベーズ統計学(ベーズ推定=事前確率と事後確率を算出して最終的な確率を求める)に従って制御すべきだと言っているが、この基本的なことをなかなか守れないことに気づいて愕然としている。

カーネマンが言っている基準率は、ベーズ・ルールの事前確率のことである。

     代表性を話題にする時

「芝生はきちんと刈りこまれているし、受付嬢は有能そうで、家具は素晴らしい」

だからといって、この会社の経営が上手くいっているとは限らない。

 リンダ問題(もっともらしさによる錯誤)

リンダは31歳の独身女性。外向的で大変聡明である。専攻は哲学だった。学生時代には、差別や、社会問題に強い関心を持っていた。また、反核運動に参加したことがある。

次のうち、どちらの可能性が高いと思いますか?

➀リンダは、銀行員である。

➁リンダは銀行員で、フェミニスト運動の活動家である。

➁がもっともらしと思う人が多いと思う。これを、連言錯誤という。(ベン図を思い出してほしい)

 ベーズ推定の基本的な問題(ひき逃げをしたタクシーが青の確率は、何%?)

夜、1台のタクシーがひき逃げを起こしました。その町のタクシー会社は、緑タクシー(85%)と青タクシー(15%)の2社であった。目撃者は、ひき逃げをしたタクシーは青色だったと証言している。この目撃者は、青色か緑色かを80%の確率で正しく識別し、20%の確率で間違えた。答えは、41%である。

ベーズ・ルールによると事後確率が(0.15/0.85)×(0.8/0.2)=0.706となる。すると、犯人が青タクシーである確率は、(0.706/1.706=0.41)41%となる。

       平均への回帰

鬱状態に陥った子供たちの治療にエネルギー飲料を用いたところ、3か月で症状が劇的に改善した。(カーネマンが新聞の見出しから、思いついて作成した文章)

このようなニュースを知った読者は、エネルギー飲料が功を奏したのだと自動的に思うだろう。だが、鬱になった子供たちは、他のほとんどの子供たちと比べてひどく元気のない極端な集団であって、時間の経過とともに平均に回帰する。

   平均への回帰を話題にするときは

「彼の二次面接が一次面接ほど好印象でなかったのは、失敗しないように緊張していたせいかもしれない。だがそれよりも、一次面接が出来過ぎだった可能性の方が高い」

直感的予測の修正(バイアスを取り除くには)

技術者などが下す判断は、緻密な計算や系統的な分析に基づいている。それ以外の予測は、直感とシステム1が頼りである。(裏付けが乏しく回帰も無視しているが自信満々である)

ジュリーは現在州立大学の4年生です。彼女は4歳の時に字がすらすら読めました。では、いまのジュリーのGPA(成績評価点)は何点ぐらいでしょうか?

読書年齢と学校の成績を決定する要因は次のような式で表すことができる。 

読書年齢=共通の要因+読書年齢に固有の要因=100%

GPA=共通の要因+GPAに固有の要因=100%

共通の要因とは遺伝的に決まる適性や知的好奇心を促す家庭の雰囲気など、読書と高等教育における好成績の両方に共通する要因である。

読書年齢とGPAの相関性は、決定因に占める共通因の比率に等しくなる。(30%と仮定)

予想を行うための4つの手順

  • 平均GPAを予想する
  • 手元情報(読書年齢)に対するあなたの印象に釣り合うGPA(暫定GPA)を決定する。
  • 手元情報とGPAの相関関係を推定する(ここでは30%と仮定)
  • 相関関係=0.3として、平均GPAから30%だけ暫定GPAに近づいた数値を最終推定値とする。

このようなアプローチは、大抵の予測に応用がきき、定量的な変数、たとえば投資収益・企業の成長率を予測するときにこの方法が使える。

この方法は、あなたの直感に基づいてはいるが、平均への回帰があるので直感の影響はかなり小さくなる。

グーグルがIT産業の巨人となったサクセスストーリー

スタンフォード大学の二人の創造性あふれる大学院生が、インターネットで情報を検索する高度な方法を思いついた。二人は、資金調達に成功し上場をはたし数年後には同社の株は最高値をつけた。(上場前に二人は、100万ドル足らずの金額で身売りを考えて相手方と交渉していたが、相手方は高すぎる言って交渉は流れた)

グーグルのサクセスストーリーには、二人の才能とスキルがあふれていることは間違いないが、語られている以上に運が重要な役割を果たしている。そして、運の役割が大きいほど学べることは少なくなる。

  後知恵の社会的コスト(結果バイアス)

後知恵は、政治家、CEO、医者など、他人の代わりに意思決定する人々にとりわけ残酷に作用する。

私たちは、決定自体は、良かったのに実行がまずかった場合でも彼らを非難しがちである。

また、優れた決定であったのに後からみれば当たり前のことだと判断されて賞賛されないケースもある。

ここには、明らかに結果バイアスがある。結果が悪いと前兆があったのに何故気づかなかったのかと彼らは責められる。その前兆なるものは、事後になって初めて見えるものであることを忘れているのだ。

標準的なマニュアルに従っていれば、後からとやかく文句を言われないから、お役所的なやり方に走りがちになる。

たとえば、医療訴訟がひんぱんに起こされるようになると、医者は検査の回数を増やして患者を専門病院へ回し、あまり役に立たない治療を施すことになる。このようになると、患者に恩恵をもたらさない。

 カーネマンの疑問(あなたが株を売ると誰が買うのか)

なぜ一人は売り、一人は買うのか。売り手は買い手の知らない情報を握っているのだろうか。株式市場に対するカーネマンの疑問は膨らむ一方で、ついには証券業界というところは「スキルの錯覚」のうえに成り立っているのではないかと考えた。

売り手と買い手の大半は同じ情報を持っているはずであり、それでもなお売買が成立するのは、彼らが違う意見を持っているからである。買い手は、今は安いからこれから上がると考える。売り手は、高すぎるから下がると考える。不思議なのは、売り手と買い手の双方が現在の株価は正しくないと考えていることだ。

なぜ彼らは、市場よりも自分の方が適正な価格水準を知っていると考えるのだろうか。多くの場合、この確信が錯覚を生む。

 カーネマンの教え子オディーン(金融工学教授)の調査

ある証券会社の個人客1万人について、7年分の取引記録を調べ上げた。個人投資家がある銘柄を売ったあとに別の銘柄を買ったケースを分析した。

投資家がこのような行動をとるのは、彼が二つの銘柄の動向について確固たる考えを持っているからにほかならない。すなわち、自分が買う銘柄は、売る銘柄より値上がりするはずだという考えである。

オディーンは売った銘柄と買った銘柄のリターンを売買時点から一年間にわたり追跡調査をした。結果は平均すると売った銘柄の方が3.2%値上がりしていた。しかも売らずに持っていたら、売買に伴う手数料などはかからない。   

言うまでもなく、どんな取引にも誰かしら相手方が存在する。多くの場合、プロ投資家で、彼らは個人投資家の判断ミスに付け込もうと待ち構えている。

個人投資家は、ニュースに出てきた企業に注意をひかれ、そこに群がりやすい。それに対してプロ投資家は、ニュースを取捨選択する必要性を少しはわきまえている。

もっとも、プロ投資家は個人投資家から金をまきあげる能力には長けているが、毎年コンスタントに収益をあげることができるかというとそうとは限らない。

なぜ投資家は、アマチュアかプロかを問わず、自分たちのほうが市場よりもうまくやれると考えるのであろうか。この錯覚の原因として心理学的に最も有力なのは、銘柄の選定をする人が高度なスキルを駆使しているからだろう。

彼らは経済データや予測を参照して、損益計算書や貸借対照表を分析しなおかつ経営者の資質を評価し、競合他社を調査する。だが、残念ながらある会社の将来性を評価するだけでは、株取引で成功するには十分ではない。

なぜなら株取引における最も重要な事は、その会社に関する情報がすでに株価に織り込まれているかどうかを見極めることであるからだ。

直感対アルゴリズム(専門家の判断は統計より劣る)

なぜ専門家がアルゴリズムに負かされてしまうのか。その理由は、専門家は賢く見せようとしてひどく独創的なことを思いつき、いろいろな要因を組み合わせて予測をたてようとするからだ。主な要因の単純な組合せのほうが、うまくいくことが多い。

専門家の判断が劣るもう一つの理由は、複雑な情報をとりまとめて判断しようとすることである。そのようにすると、一貫性を欠くことになる場合が多い。実際に、同じ情報を二度評価すると、違う判断を下すことが頻繫に起きる。

このように広い範囲で一貫性の欠如が見受けられるのは、システム1が周囲の状況に影響されやすいからだと考えられる。プライミング効果の研究から、私たちは、無意識のうちに周囲の状況から刺激を受けそれによって思考や行動が支配されることがわかっている。(余談ですが、Amazon Primeのプライムは重要という意味ですが、プライミング効果のプライム=先行刺激を私たちに加えているように思えます。)

以上の研究から、驚くべき結論が得られる。すなわち、予測精度を最大限高めるためには、最終決定を計算式に任せるほうが良いということだ。

現在、主流の統計手法は「重回帰」と呼ばれるアルゴリズムに従って多数の予測因子に重みづけをする。だが、最近の研究では均等重みづけ方式のほうがいいことがわかった。

この均等重みづけ方式でやれば、専門家の判断を上回る可能性が高く、ファンドマネージャーから医師の患者に対する治療方法の選択に至るまで幅広い分野に応用できる。

死亡前死因分析(見たものがすべてという思い込みを減らすのに有効)

カーネマンの敵対的な共同研究者ゲーリー・クラインが考え出した方法

やり方は、何か重要な決定をする時に(公表前)その決定をする背景がわかっている人に集まってもらう。そしてこのように問いかける。

「いまが、1年後だと想像してください。私たちは、先ほどの計画を実行しました。すると、大失敗に終わりました。どんなふうに失敗したのかその経過を簡単にまとめてください」と頼む。

死亡前死因分析の大きなメリットは2つある。

  • 決定の方向性がはっきりしてくると多くのチームは集団思考に陥りやすいが、それを克服できることである。
  • 事情通な人の想像力を望ましい方向にもっていくことが可能

プロスペクト理論(ベルヌーイの誤り)

あなたならどちらを選びますか?

A コインを投げて表が出れば100ドルもらえるが、裏が出たら何ももらえない。

B 確実に46ドルもらえる。

カーネマンと共同研究者のエイモスが選んだのはBであった。ほとんどの人がBを選択するであろう。  こうしたギャンブルの研究からプロスペクト理論(リスク下における意思決定の分析)が完成した。

ベルヌーイによれば、ほとんどの人はリスクが嫌いである。だから、ギャンブルとその期待値に等しい金額との選択を持ちかけられたら、確実な後者を選ぶ。それどころか、リスク回避的な意思決定者は、期待値を下回っても確実なほうを選ぶ。

ベルヌーイの考え方は明快だ。人々の選択は、金銭的価値ではなく、結果の心理的価値すなわち効用に基づいて行われるということだ。 したがって、ギャンブルの心理的価値は、起こりうる金銭的結果の加重平均ではなく、起こりうる結果の効用の加重平均になる。どちらも発生確率で重みをつける。 

たとえば、次のケースを考えてほしい。

今日、太郎と次郎はどちらも500万円を持っています。

昨日、太郎は100万円 、次郎は900万円持っていました。

今日、2人は同じように幸せでしょうか(すなわち、同じ効用を持っているでしょうか)?

ベルヌーイの理論では、富の効用によって幸福の度合いが決まる。今日、太郎と次郎は同じだけ富を持っているのだから、ベルヌーイの理論によれば同じように幸せなはずだ。

だが、心理学の学位など持っていなくても、今日の太郎はご機嫌で次郎がしょげていることがすぐにわかるだろう。したがって、ベルヌーイの理論は間違っている。

太郎と次郎が感じる幸せは、当初の富の状態に対する変化によって決まるのである。この当初の状態を参照点と呼ぶ。太郎の場合は100万円が次郎の場合は900万円が参照点である。

参照点に左右されることは、感覚的に極めて当たり前のことだ。

ベルヌーイの理論の誤りを示すもう一つの事例

桃子は100万円持っています。

梨子は400万円持っています。

今、二人に次の選択肢が提示された。

ギャンブルを選べば、五分五分の確率であなたの資産は100万円か400万円のどちらかになります。ギャンブルを選ばなければ、あなたの資産は確実に200万円になります。

ベルヌーイの理論によれば、桃子も梨子も同じ選択に直面したことになる。ギャンブルを選べば期待値は二人とも250万円、選ばなければ200万円となる。したがって、ベルヌーイの理論では桃子も梨子も同じ選択をするはずだ。だが、この予想は間違っている。

ここでもまた、桃子と梨子が選択する際の参照点が違うのに、そのことが考慮されていない。

いま現在の資産がいくらかということが重要な意味を持つことがわかるだろう。

たぶん、桃子は確実な200万円を選ぶ。梨子はギャンブルを選択するはずだ。結果として二人は別々の選択をすることになる。                                

カーネマンはプロスペクト理論の限界(誤り)についても述べている。すなわち、プロスペクト理論は参照点を現状とし、その価値をゼロと仮定しているので、落胆や失望を斟酌できない。

それにもかかわらず、プロスペクト理論が多くの研究者に受け入れられたのは、期待効用理論に付け加えたコンセプト(参照点と損失回避)が使う価値があったからである。

プロスペクト理論を話題にする時は

「彼は損失回避の傾向が強すぎて、ものすごく有利なチャンスまで断ってしまった」

保有効果(使用目的の財と交換目的の財)

行動経済学という学問はいつから始まったのか?

それは1970年代の初めに経済学科の大学院生だったリチャード・セイラーが経済学の正統的でない考えを抱き始めたときだった。

当時セイラーは大学のある教授が大のワイン好きで、彼の行動がどう見ても正統的な経済理論に反することを発見していた。

セイラーの観察したところ、その教授はコレクションしたワインを売りたがらず、100ドル出すと言われ渋々売るのだった。しかし教授はオークションでワインを買う時には35ドル以上は出さない、つまり35~100ドルの間では彼はワインを買いもしないし売りもしない。

正統的な経済学に従えば、教授は一本のワインに一つの価値を与えるべきである。

そして偶然、セイラーはプロスペクト理論の草稿を手に入れて「あれを読んだときにはものすごく興奮した」と語っている。

プロスペクト理論では、ワインを買うにせよ売るにせよ、参照点が問題になる。この場合の参照点はそのワインを持っている、あるいは持っていないという状態である。

ワインを持っている場合は、それを手放す苦痛があり、持っていない場合は、手に入れる喜びがある。そして、損失回避が働くので両者の価値は同じではない。

損失に対する感応度は同等の利得に対する感応度よりも強いことを示している。

これがセイラーの求めていた保有効果の説明だった。

当時6ドルのマグカップによる実験(使用目的で保有する財と交換目的で保有する財の違いを明確にするための実験)

マグカップは実験参加者の半数にランダムに割り当てる。

売り手は自分の前にマグカップを置き、買い手は自分の隣の人のマグカップをじっくりと見るように指示される。

その後に全員が、希望取引価格を提示する。なお、買い手は自腹を切って買わなければいけない。

すると、平均売値は平均買値の約2倍に達した。この比率は、リスクを伴う選択肢における損失回避倍率に極めて近い。(損は利得よりも2倍強く感じるという根拠)

そこで、カーネマンは金銭的損失と利得に関する価値関数が、リスクを伴う選択・伴わない選択にも応用可能だと考えた。

トレーダーのように考える

プロスペクト理論の要諦は、参照点が存在すること、損失は同等の利得よりも強く感じられることである。

トレーダーは、取引を重ねるうちに「A銘柄を持つこと、代わりにB銘柄を持つことと比べてどれ程強く望んでいるのか」と自問するようになる。

これはエコン(経済的合理性に従う人)の発する質問であり、このように問えば保有効果は発生しない。

利益を得るより損失を避けたい

損失回避というコンセプトは心理学から行動経済学への貢献の中で最も重要なものである。

共同研究者のエイモスとカーネマンはよく、「うちのおばあちゃんでも知っているようなことを研究テーマとして選んでしまった」とよく冗談を言っていたという。とはいえカーネマンたちは、おばあちゃんよりこの傾向についてよく知っている。

ゴルフは打数をカウントするスポーツだが、とりわけプロゴルフでは一打の重みが大きい。

しかしプロスペクト理論に従えば、より大きい一打というものが存在する。パーをとれなければ損失だが、バーディーを逃しても、利得を失っただけで損を被るわけではない。

だから、プロゴルファーは損失回避という理由で、パーをとるためのパッテイングをバーディー狙いのパッテイングより重視し、集中力をもって打つと考えられる。

人間に限らず動物の脳には、悪いニュースを優先的に処理するメカニズムが備わっている。

危険は好機より優先されるし、またそうあるべきである。

確実性の効果と可能性の効果

意思決定の研究でギャンブルの比喩がよく使われる理由は、起こりうる結果に重みづけするルールが明確に示されているからである。それは、確率が高い結果ほど大きな重みづけをするというごく自然なルールである。ギャンブルの期待値は、結果の加重平均、すなわち起こりうる結果ひとつひとつに確率で重みづけしたものの合計である。

次の4例では、100万ドルもらえる確率が5%ずつ上がっていくが、貴方はどれも嬉しく思うだろうか?

A  0%から5%に上がる

B  5%から10%に上がる

C  60%から65%に上がる

D  95%から100%に上がる

0%から5%に上がる時は大きなインパクトがあり、可能性の効果という。

95%から100%に上がる時も大きなインパクトがあり、確実性の効果という。

「確実」と「ほぼ確実」は全く違うものである。ほぼ確実な結果に対しては発生確率に見合う重みはつけられない。

たとえば、愛する人が切断のリスクを伴う手術を受ける場合、可能性の効果によりリスクを過大視する。それで、リスクをすっかりなくせるものならば、期待値を大幅に上回る金額を支払ってもよいと考える。

また、最悪になる確率が95%と100%とでは、心理的な違いは一段と大きい。このわずかな望みにすがろうとする気持ちが小さな確率に過大な重みづけをするのである。この時、ギャンブルや保険(一種のオプション取引・保険で損をしていても生きていて良かった或いは病気にならなくて良かったと思い不満に思わない錯覚)が一段と魅力的になる。                                       

アレのパラドックス(アレは、ノーベル経済学賞を受賞している)

アレが出した質問を簡略化して掲げる。

A  61%の確率で52万ドルもらえる、または、63%の確率で50万ドルもらえる。

B  98%の確率で52万ドルもらえる、または、100%の確率で50万ドルもらえる。

あなたが大勢の人と同じなら、問題Aでは、上の選択肢(61%の確率で52万ドルもらえる)をBでは、下の選択肢(100%の確率で50万ドルもらえる)を選んだはずだ。その場合には、あなたは合理的な選択をしていないことになる。

問題AとBを比べたとき、Bでは二つの選択肢がどちらも37%ずつAより高くなっていることに気づく。(AよりBのほうが明らかに有利)

またBの中では、上の選択肢が有利である。にもかかわらず、合理的な選択が行われないのは、確実性の効果が働いたのである。

問題Bで設定された勝つ確率は98%と100%で差は2%だが、これは、問題Aの61%と63%の差とは同じではない。はるかに強く感じられるはずだ。

決定加重

確率(%) 0 1 2 5 10 20 50 80 90 95 98 99 100

決定加重  0 5.5 8.1 13.2 18.6 26.1 42.1 60.1 71.2 79.3 87.1 91.2 100

表を見ると、両極端の確率では決定加重が確率と完全に一致していることがわかる。絶対に起きない結果の場合は確率も重みもゼロ、確実な結果ではどちらも100である。ところが、両極端近くでは、決定加重は確率から大きく乖離する。

両端の確率で可能性の効果と確実性の効果が強く現れる結果、中間の確率に対しては、必然的に感応度がひどく低くなる。

この調査結果は、神経科学によっても裏付けられている。ギャンブルで勝つ確率の変化に反応する脳の部位はわかっており、その反応度は、人々の選択から推定された決定加重と驚くほどよく一致した。

                                         

                                          

                                            

                                          

       

    

                                                                                     

               

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